I am a Ninja.

8月に入って本格的な暑さがやってきた。日本の夏ってこんなに暑いのか、と噴き出す汗をぬぐっていると、あの夏の記憶が蘇る。
アフリカで知り合ったジュリアに誘われて、ひと夏をマサチューセッツはCape Codの先端にある小さな街で過ごすことになった。
西から東へ、車に仕事道具と自転車を積んで大陸を横断し、半年間の移住は始まった。街のことも住む家のことも人も何も知らなかったが、なぜか不安はなかった。
とにかく夏を過ごすには最高だから、という彼女の一言につられてしまったのだと思う。そしてその一言は本当だった。

NY州から多くの人がバケーションと避暑にやってくるここは、ビーチタウンでもある。昼間は日差しも眩しく水着で歩く人で賑わう。そして夕方になると日差しは和らぎ風が吹き、夕涼みをするには最高だ。
治安は良く、一風変わった家主のトムはびっくりするほどハンサムで、彼の相棒バリーもまたハンサムでとてもいいやつだった。
ニンジャにぴったりの部屋を用意しておいたから、とジュリアが言う。通されたのはハシゴを登った先にある小さな屋根裏部屋だった。
ジュリアは自分になぜかニンジャというあだ名をつけていて、街で会う人会う人に日本から来たニンジャだよ、と紹介する。そういう訳ですぐに皆にニンジャと呼ばれるようになった。
街を横切るメインストリートを自転車で走っているとあちこちから、ニンジャ!ニンジャ~ニンジャ元気か!ようニンジャ!といろんな声が聞こえてくるのだ。
ここはニューイングランドと呼ばれる地方で白人率が高い。この街でアジア人はいなかったし、黒人もラティーノも見かけなかった。決して居心地は悪くなく、差別的な扱いも皆無だった。皆がニンジャと親しみを込めて呼んでくれていると感じられて、悪い気はちっともしなかった。
知り合った人全てが驚くほどに優しく寛大で、鍵も信号もこの街にない理由がよくわかった。ある時家主のトムに
”明日からちょっとアイルランドに行かなきゃなんだけど、プロビデンスの空港までどうやっていくのがいいかな?”と尋ねた。
街から飛んでいる飛行機は小さ過ぎて機材やスーツケースが載せられない。自分の車で行って10日間ほど車を停められるところがあるのかもわからなかった。
”そんなの簡単だよ、送ってやるよ”
”え!?でも早朝のフライトだから朝早いんだよ”
”ニューイングランドの景色をお前に見せながら行けば楽しいじゃないか!”
ケープコッドの先端部からプロビデンスまでは200km以上ある。往復したら6時間弱かかることになるというのになんの迷いもないようだった。
仕事を終えて、またプロビデンスの空港に降り立つと、驚いたことにトムとバリーが迎えにきてくれていた。
途中でダンキンドーナッツに立ち寄って、3人でピンク色のドーナツを頬張った。

気持ちの良すぎる夜は寝てしまうのがもったいなくてよく外で星を眺めてぼんやりしていたし、暇な夜は車のこない道路でスケボーの練習をした。
時にはニンジャも夜の街へ出かけ羽目を外した。イギリスから来たジョンと遊んでいる時だけは、ニンジャではなくジョンとヨーコになった。
半年足らずの滞在は緩やかで軽やかで、優しい記憶となって残ることになった。素晴らしい気候と環境、そこで出会った人達、全てがとにかく最高だった。
旅立ちの朝、ジュリアをはじめ、そこかしこの人に見送られてニンジャは忍び泣いていた。

photo & text : Yoko Takahashi

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