GOOD SWELL JOURNAL /

朝、起きて海を眺めると、長者が崎のサーフポイントが見える。波の好いときはサーファーの姿はもちろん、歓声も聞こえたりする。丘にはそうしたサーファーたちも住みついていて、みんな朝早くから海に出ている。
春も過ぎて夏が近づいてくると、近所の畑も賑やかになってくる。自分の家の小さな庭の端に作った畑も、耕して、今年は何を植えようかと思う。昨年はキュウリ、トマト、ナス、カボチャなどを植えてみたが、次々に実を付けるのはミニ・トマトだけで、食卓に上がったものは数少なかった。しかし、茎がどんどん伸びて、丘の上に吹きつける強い風にさらされながらも花が咲いたりするのを見るのは、どこか嬉しい。たとえ実が少なくても、それを観賞するだけでも、小さな庭が豊かに見える。
いま、庭には、タンポポがあちこちで花を咲かせ、植えた覚えもないムスカリなどもいつの間にか咲いている。また、名前も知らない紫の小さな花も咲き乱れている。どれも、芝生の庭には雑草で、手入れしなければいけないのだが、どこか和やかで、しばらくはこのまま放っておきたい。以前、庭師の野口さんが、「あちこちから種とかが飛んできて自然に生えたり咲いたりしているっていうのがいいんだよね」と言っていた。適度に手入れしながら自然な姿をあるがままに残しておく、そんなものが自分たちの暮らしにも合っているのかもしれない。で、とにかく、少しずつ、庭に出て、余計な雑草を摘みながら、そんな自然な庭というのを試みている。しかし、他人から見たら、ただ不精なだけの庭にしか見えないかもしれない。実際、不精なので、庭に関してはそれが勝手な言い訳にはなっている。(H.N)