GOOD SWELL JOURNAL /

バロック、それともアパラチア・マウンテン・ミュージック?

レコード、CD屋に出かける愉しみは、ずっと聴いていたいと決めた人の新しいアルバムが出たときだ。それから諸事情により手元から離れてしまった音を再び、集める。これだけでも十分音に接していられるが、やはり未知の音はいつでもたえず聴いて自分の音畑をシャッフルしていたい。そんなこともあり、行けば知らないミュージシャンのものを必ず1枚は買うようにしている。家に戻りプレイヤーからどんな音が出てくるのか、なかなかスリリングなものだ。
その1枚。行き当たりばったりでは身が持たない。これはインディーズ・レーベルに限ったことだが、そのレーベル名にスタッフたちの音作りへの意思や自分たちの居心地のいい場所などをこっそりでもないが、入れこんでいることがよくある。例えばSaddle Creekレーベル。サドルは自転車などのサドルで、クリークは北米インディアンの一部族だが、ここでは小川なのだろう。そのネーミングの気持ちよさに手にしたのがブライト・アイズ。今まで私の中にこんな音はなかった。
このスフィアン・スティーヴァンスもそんなことからの1枚だ。このアルバムは彼がアメリカ全50州すべてのアルバムを作るととんでもない宣言をし、その記念すべき第1作目だった。ソングライターでありアレンジャーでもある彼はピアノ、ギター、バンジョーなどもこなすマルチプレイヤー。複数の声を重ねたり、ポリリズムや対旋律の多用と複雑極まりない音作りから、ソングライター界のバロック派と呼ばれているようだ。(それが最も体感できるのは8曲目のデトロイト)
それはともかく、わかりやすいアップ・テンポや表層的な音の脅しがないので、誰もがすぐに飛びついてしまう音ではない。しかし、何度も何度も繰り返し聴いていると、いつの間にか音のループの中に引き込まれていた。その音はアパラチア・マウンテン・ミュージックにルーツがあるようだ。その進化形と言ってもいい。拙い英語力で歌詞をたどれば、悲しいテーマであっても、それだけで終わらせてしまわないユーモアが必ず散りばめてある。
デトロイトに生まれた彼は、ほどなく同じミシガン州北部の田舎に引っ越している。自分の家族、友だち、それらを取り囲む人びと、そしてそれらすべてを取り囲むミシガンの景色。そんな幼少期からの体験はこのアルバムに溢れ出るばかりに反映されている。未踏の地ミシガンのひとから手紙をもらったような気になり、その地の景色が私の近くで広がりはじめた。
インディーズには限界があるが、なにより理想的なのは創造する自由が阻まれないことだ。と彼は言っている。ちなみに彼のレーベルAsthmatic Kitty Records。喘息持ちのの猫といった意味で、前足を伸ばしお尻を持ち上げクシャミをしている黒猫のアイコン。喘息持ちの猫も悲しいテーマであるが、ここにもユーモアがある。喘息持ちの猫は愛されているのだった。どこの地であろうとユーモアはみんながいつもそばに置いておきたいものなのだろう。そこはいつも悲しみを受け止める余白の場所だから。(hy)