GOOD SWELL JOURNAL /

シュウェップスのブルー・ウィロー

ブルー・ウィローの存在を知ったのはいつだったろう。その皿の藍色の深さもそうだが、その一枚に込められた物語に私はすっかり魅了されてしまった。
その物語は、ところは昔の中国。ある高官の有能な秘書のチャンは主人のひとり娘クーン・セと相思相愛の仲。しかし、彼は主人の悪事を知ることになり、そのため解雇を言いわたされた。主人の館を去る前夜、クーン・セと永遠の愛を誓い、その後もふたりは逢瀬をかさねていたが、主人に発覚。怒りに燃えた彼は、あろうことか娘を軍人ター・ジンと政略結婚させようと画策。
そして婚礼当日、クーン・セのことが忘れられないチャンは式場にまぎれこみ、クーン・セを連れ出すことに成功し、ふたりは離れ小島で家を建て幸せに暮らしていたが、そんな噂が怒りのおさまらないター・ジンにとどき、彼は大軍をひきつれふたりを襲撃し、チャンは殺害され、クーン・セは悲しみのあまり自宅に火を放ち自らの命を絶った。
チャンとクーン・セの魂は二羽の小鳥に姿を変え、永遠の愛の象徴として天空を舞いつづけるのだった。そんな時空を超えた物語が一枚の皿につまっていた。ちなみに橋の上の三人はふたりの逃亡シーンで、チャン、クーン・セ、高官である。
時空を超えるといえば、ブルー・ウィローの本家は中国の磁気にあり、本来は人物の登場しない山水画だった。その皿がイギリスに渡ると、そこはシェークスピアのお膝元、イギリス人は勝手にチャンとクーン・セの悲恋物語を創作してしまった。
しかし、私がはじめてこの皿を手にした時、果たしてこれをブルー・ウィローといっていいものだろうかと迷ってしまった。ここで後半の話をスムーズにもっていくために、ブルー・ウィローの生い立ちとその周辺の話につきあっていただきたい。
イギリスの陶磁器メーカー、ミントン社の創始者トーマス・ミントンは陶磁器に転写をする銅板彫刻の職人でもあった。彼は銅板を利用した転写技術を全土に広めるために版見本の図柄として先のふたりの物語を創作。のちにこの図柄はウィロー・パターンとよばれ、彼の思惑どおり大量生産を可能にする転写技術は物語とともに全土に普及し、ブルー・ウィローは比較的安価で手に入れやすい家庭雑器としてイギリス全土に広がった。
いろいろなメーカーで作られはじめたブルー・ウィローだが、楼閣は皿の中央やや右、橋は左下、二羽の鳥は上部、そして柳とその配置はオリジナル・パターンを踏襲している。もちろん、色は藍色である。
長い思いの果て私が手にした皿は藍色でなく薄緑で、皿の縁にSchweppesとBitter Lemonの文字。そして、目を疑ってしまったのだが、ウィロー・タパーンが左右反転しているではないか。裏を見ればGienのロゴマーク。
要するに、この皿は炭酸水の名門シュウェップス社がビター・レモン(1957年発売)の販路拡大のためのノベルティーとしてフランスの老舗陶器メーカー、ジアン社にオーダーしたものである。
独特な藍色をだすことから、ジアン・ブルーの名で親しまれているジアンにシュウェップスがノベルティーとはいえ、ブルー・ウィローのオーダーが薄緑では、ジアンを選らんだ意味がないではないか。飲み心地のさわやかさを演出するための薄緑であれば、なにもわざわざジアンに頼むことはない。
しかし、なにより問題なのは小学生の版画ではあるまいし、パターンの左右反転である。200年以上親しまれてきたブルー・ウィローの大量生産を可能にした転写技術はイギリスの歴史上で最も輝かしい産業革命の中で生まれたものだ。1835年には英国王室御用達にもなったシュウェップスが、そんな転写技術の歴史にパターンの反転というケチをつるものだろうか。
いろいろ考えたが、ジアンがたまたま間違えてしまい、誰もそのことに気づかず、ばらまいてしまったでは無理がありすぎるし、やはりその反転には販売促進に関係するなにかの意図が隠されているのだろうか。もしそうであれば、その理由をぜひ知りたいものである。
そんなわけで、わが家のブルー・ウィローならぬビター・ウィローは、そんな謎が盛れたままで、未だ料理にその場をゆずってはくれない。(hy)