GOOD SWELL JOURNAL /

ウェインライト音楽家族の時間

1998年に彼のファースト・アルバム『ルーファス・ウェインライト』をCDショップではじめて試聴したときは、その途方もない音の完成度にびっくりした。計り知れない何かがそこには確かにあり、それは瞬時には言い現わせそうにもないものだった。この名前で思い浮かべられるのは、ソウル・シンガーのルーファス・トーマスとシンガー・ソング・ライターのラウドン・ウェインライトⅢ.。
その後者ラウドンの息子だった。レーベルを見れば、3年前の1995年にデビューしたロン・セックスミスと同じドリームワークス・レコード。これは、もう間違いのないお墨付きをもらったようなもの。つくづく、ずっと音楽を聴いててよかったと思う瞬間です。しかも母親はフレンチ・カナディアンのフォーク・デュオのケイト&アンナ・マッガリグル姉妹(ファーストは1975年)の妹ケイト。彼女たちのアルバムは、いまでも新しいひとたちに聴き継がれている。非常に悲しいことにケイトは2010年に癌で亡くなってしまった。
これは2001年に出たセカンドの『ポーゼズ』彼のゆったりしたソロ・ピアノではじまる「シガレッツ・アンド・チョコレート・ミルク」は少し鼻にかかった(このあたりは父親ゆずり)、そして、微粒子レベルといおうか、ナノレベルといったらいいのか、微妙にビブラートするバリトン・ヴォイスで‟シガレッツ・アンド・チョコレート・ミルク 何につけてもどうやらボクはちょっと強めが好きなんだ ちょっと強めで、ちょっと体にキケンなのがね”と歌いだされる。なんとカトリックの禁欲から享楽までの振れ幅をすべて言いつくしたフレーズだろう。小雨がふっているようなメランコリーなモードからセクシーにふっとマイナーに転調する音の流れには至福が宿っているようです。それだけではない。フォーク、タンゴ、アイリッシュ・トラッド、クラッシックに世紀末キャバレー的な要素を加味したものが音の細部に散りばめられ、それらが心地いい緊張感の下に美しいほどに調和している。
ファーストに比べアレンジは全体的にゴージャスな匂いを抑制しているが、音のテーマがロマンティックであれ、背徳やエロス、そしてまたユーモアであったとしても決して下世話に陥ることなく、ストイックに音に向かっている彼のすがたが見えてきます。そのストイックさは聴くものに決して緊張感をあたえるものではない。ここがほかの者には到底できない彼だけのオリジナリティーと言えます。
彼は14歳のときにヴェルディの「レクエム」に心酔したと聞いている。前作もそうだが、アルバム全体の組み立て方がオペラのそれを彷彿させるのは、そのあたりが多分に関係しているのだろう。流行りの音楽とは遠くへだたりながら、今日性的なものはちゃんと具現化しているのです。
ちなみに彼が3歳のとき両親は離婚しているが、そういうことで、彼の両親への思いが損なわれることはなかったのだろう。10代半ばから母親姉妹のツアーにたびたび参加しているし、8曲目「ワン・マン・ガイ」は父ラウドンの『アイム・オールライト』(1985年)を取りあげている。思わず、家族って、などと考えてしまいます。
このアルバムの直後に出た母親姉妹の『マッガリグル・アワー』に彼は「ハート・バーン」(はっきり言って名曲です)という曲を提供し、父ラウドン、妹のマーサ(彼女もまたミュージシャン。彼の1998年の初来日ライブで同じステージに立ちました)、そして、もちろん彼も参加していて素晴らしいものに仕上がっている。こちらも、ぜひ、聴いてほしい。ここには音楽という血で繋がった家族の美しい物語があります。

PS 2001年のファンタジー映画『シュレック』でレナード・コーエンの名曲「ハレルヤ」がルーファスの歌声で聴くことができます。もちろん、ファーストも聴き逃してはならない。それから、母ケイトの死をうけ、全曲ピアノで弾き語りの『オール デイズ アー・ナイツ:ソングス フォー・ルル』もね。(hy)