GOOD SWELL JOURNAL /

ふたりのスケーター

あまり良くない癖だと自覚はしているが、1冊の本を読みおわらないうちに、ほかのものを3,4冊読みはじめる。いつぐらいからそうなってしまったのかは思い出せないのですが。誰に対して、というわけではないが、なんだか申し訳ないような気もしている。
そんな事情で、いつも読みかけの本が机上に4,5冊あることになる。そして、出かけるときには2冊ほどバッグに入れる。そのらの本を本棚にしまえば、今度取り出すのに面倒で、室内ではあるとはいえ野晒し状態。それも申し訳ない気がしていて、適当なブックエンドをずっと探していた。
家が家なもので、あまりスタイリシュなのは困る。ありました。友人と西荻窪の古本屋巡りをしていたら、公園で骨董屋さんたちが店を開いていた。我が家の風合いにピッタリなのです。これを買うひとは私以外にいるだろうか!という強い確信。 もう買うしかありません。全体をくすんだグリーンで施された鉄の鋳物で、毛糸の帽子をかぶりスケート少年の手は固くグーに結ばれているあたりに心を揺すぶられてしまいました。3,800円の値付け。
さて、暇そうなご主人と値段交渉です。それはカミさんのやつだから自分は相談にのれない、と言い離れたことろで知り合いらしきひとと立ち話をしている女性のところへ行った。彼は戻ってくるなり、あっさり、それはまからとのこと。そうか、夫婦で店開きとはいえ、それぞれの領分があるようです。それとも値引きをしないテクニックだろうか。彼が彼女に話しかけているときに、私のほうへ彼女の一瞥が少々気になるところではあるが、まぁ、いいや、買います。
簡単に新聞紙で包みビニール袋に入れてもらった。さげてみると、思っていた以上の重量があり、ニアニアしている私がいました。しかし、この買い物の前後にいくつかの古本屋で文庫本を3冊、単行本を2冊とジョン・リー・フッカーのCD10枚入りボックスセットを買ったので重さは増すばかり。
家にもどり、さて、お披露目です。買うときには気づかなかったが、これはひとつの鋳型から造られているので、本を中に挟んだとき、少年が反対方向に向かうようになり、本をしっかり守る役目を放棄しているようで実に美しくない。もうひとつ鏡像の鋳型を造れば、こんなことにならなかったのに、と制作者を恨んだが、もう買ってしまった。
しかし、これは私が勝手にブックエンドと思っているだけなのだろうか?いやいや、それはない。外側に転倒防止の半円が施されているのだから。それから、その土台の前後が微妙に上に反っている。ブレードへのオマージュをそんなところでしなくてもいいのに、とつい意地悪が頭をもたげてしまった。つまり、土台が前後左右にカタカタしていて、接地面の信条は髪の毛1本をも通さない密着性なのにもかかわらず、厳密にいえば、接地面が一点しかないのです。
結論を言えば、これはブックエンドの機能をきっちり果たせてはいない。そう、失格なのです。でも、大丈夫。確かに私はブックエンドを探していたが、今回その機能より風合いを最優先してしまったのだから。しつこいが、毛糸の帽子をかぶり手をグーに握りしめ氷上、ではない机上を滑走する少年たちの凛々しいフォームに私の心は前後左右上下に揺さぶられているのです。もうこれだけで十分。 そういうわけで、ブックエンド探しの旅はまだまだ続きそうです。この旅に終わりはあるのでしょうか。 (hy)