GOOD SWELL JOURNAL /

「April 24 2018」

メリー・モナークから一夜明けた、ヒロの新聞トリビューン・ヘラルドの紙面には、その少女を絶賛する言葉が並んでいた。
” A little girl from Amami Big Island brought big waves to Big Island ”
「奄美大島からの小さな少女がビックアイランドに大きな波を連れて来た」
” She seemed to be manipulated by the invisible hand of god ”
「彼女は見えない神の手に操られて踊っていたようだ」
審査員の一人、古代ハワイアンの叡智を伝える”カフナ”であり著名な”クムフラ”でもあるフランク・ヒューイットの賞賛の言葉もあった。
フラのオリンピックともいえるメリー・モナークに奄美大島から参加していた阿部タニヤが日本人としては初めてミス・アロハ・フラのタイトルを取るという快挙を成し遂げたのだった。
タニヤは、日本の南、鹿児島県奄美大島の大島高校に通う18歳。日本人離れした長い手足、エキゾチックな顔立ちがこの大会でもひと際目を引いていた。フラは7歳から奄美大島の教室で習い始めた。 タニヤが初めてフラを知ったのは、2006年にハワイ島からシグ・ゼン、ナラニ・カナカオレが奄美大島に来島し、フラを披露したイベントだった。海、山、花、大地、空そして神々に感謝し、愛を込めて捧げる美しい踊り、フラは当時6歳だったタニヤを魅了した。
その後、シグ・ゼン、ナラニ・カナカオレによるイベントは、奄美大島の恒例となり、子供のフラのワークショップ、そしてフラのコンペティションへと発展した。そのコンペティションは日本で初めてのジュニアのフラの本格的な大会となり、全国から子供達が参加するようになった。そのコンペティションの初代優勝者が阿部タニヤだった。
「ハワイに来たのは初めてだったので、少し緊張しましたが、ステージに上がったらとても落ち着いてきて、空から降りてくる糸に操られるように踊ることができました。ハワイ島は、自分の生まれ育った奄美大島に似ていて、大好きになりました。」
タニヤはトリビューン・ヘラルドのインタビューに目を輝かせながら答えていた。
これは夢の話です。
でも、この夢のような物語がいつか本当になればと思っています。奄美大島にはハワイと同じように素晴らしい自然、美しい海があります。そして、溌剌として目が輝いている、屈託のない子供達がいます。この島の子供達が大人になっても、そのキラキラとした目の輝きが失われないようにと願っています。
今後も奄美大島やハワイの島々に吹く風のような気持のいいイベントを続けていきたいと思っています。(ht)